ロシア語、スラヴ語に造詣の深い黒田龍之介先生のエッセイ、『ロシア語だけの青春 ミールに通った日々』を読んだ。
黒田先生は本当に文章を書くのがうまく、どんなに小難しい話でも魔法のように面白おかしく頭に入ってくる。
本書は黒田先生が17歳のころ、当時代々木にあった「ミール・ロシア語研究所」というロシア語教室に通うところから始まる。
(ミールとはロシア語で「世界」とか「平和」といった意味)
私は本書を読んでみて、
を学んだので、皆さんと共有したいと思う。
なお、ミールは2013年に閉校している。
読後は黒田少年の気持ちになって、どこかノスタルジックな気持ちになれるはずだ。
『ロシア語だけの青春 ミールに通った日々』感想
ざっくりあらすじ
黒田少年は試験勉強や争いごとが大嫌いで、しかし幼少期から外国語への興味が尽きなかった。
親戚にいろんな国の話者がいて、
のである。
ロシア語力を高めたくて仕方なかった少年は、人づてに「ミール・ロシア語研究所」を紹介され、ひとりミールの門戸を叩く。
そこから黒田少年の生涯、切っても切り離せない「ミール漬け」の日々が始まるのだ。
ミールの創設者は東一夫・東多喜子両氏。
ふたりは現在も出版されている『標準ロシア語入門』の著者であり、『標準ロシア語入門』こそミールの教科書なのである。
物語は黒田少年のミールを愛してやまない姿を通して、
- 語学を勉強するとはどういうことか
- 言語を話すためにどのような努力が必要なのか
の基本的な部分を知ることができる。
なにせロシア語留学などしたこともないに、ロシア語のプロになった黒田先生が書いているのだから間違いはない。
ミールでは「正しい音を作る」ことを学ぶ
たとえばミールのやり方はこうだ。
基本例文を暗記し、授業で暗唱。
「これだけで授業の三分の二が、あっという間に過ぎ去ってしまった」
つづいて、テープで露文を聞き、日本語へ翻訳。
多喜子先生が日本語を言うのでそれを露語へ翻訳。
先生との質疑応答や生徒同士の会話をする。
最後に次の課の単語を発音しておく。
ミールではとにかく「正しい音」を作ることを求められる。
要するに、発音のチェックがめちゃくちゃ厳しいのだ。
ミールではこのような作業を通して、発音を矯正していく。先生がいうところの、「音を作る」のである。
とあるように、「暗記、暗唱」の繰り返しはほぼ作業。
加えて、正しい発音になるまで何度も何度もダメ出しを食らう。
印象的だったのはこの一節。
発音はネイティブに習うより、日本人の専門家から指導された方がいい。
最初は「え?」と思ったが、理由を読んで納得した。
ネイティブの先生だと多少発音が悪くても意味は通じてしまい、「どんな内容を話しているか」を重視する。
その結果、正しい発音が身につかない。
しかし日本人の教師から教われば、ごく基本的な型通りの発声から学べる。
黒田先生は日本人教師である多喜子先生たちを「本物」と信じ、ひたすらに真摯に取り組むのだ。
その結果が
- 各有名大学助教授を歴任
- NHKロシア語会話の講師
- ロシア語や語学にまつわる著書20冊以上
- 書店の「ロシア語」コーナーでその名前を見ない場所はない
なのである
ミールでは
「意味が通じればいい」
のではなく、
のが目的なのである。
頭で理解するより体で覚える。
なんて、まるで体育会系の部活動か、職人技だ。
あるとき「ミールの人はみんな同じ発音だよね」とバカにされたとき、
わたしは気にしない。それでいいのだ。訓練を受け、型を作るというのは、そういうことである。個人の癖をそぎ落とし、正しい発音に少しでも近づけるために、ひたすら練習することが大切。
と述べている。
自己流で、最低限意味さえ通じればなんとかなるし、適当にしゃべってもネイティブならわかるだろう。
と考えているド素人の私とは大違いだ。
そもそもの熱量がまるで違う。
学習が上達しない人
ちなみに黒田先生は
「こんな人は語学学習に向かない」
という一例を挙げている。
ロシア語の例文を詳しく分析して、文法について根掘り葉掘り質問してくる。こういう生徒が、外国語を身につけることはない。
(中略)
初級段階で質問は不要。
なんとも耳の痛い話である。
しかし振り返ってみれば、語学学習に限らず、学習を始めたばかりの人とか新卒社員とか、
「いや、今そんなのどうでもいいから!!」
という質問ばかりしてくる人ほど、あまり勉強できなかったり使えない社員になったりすることはないだろうか。
素直な人ほど学習効果が高いのだ。
「そもそも人生は、誰もが途中から、この世に参加するのである。」
最後にとても印象的な言葉を紹介したい。
黒田先生は小学6年生からロシア語の学習を始めているが、4月スタートのNHKラジオ講座を5月から始めている。
4月分はテキストを頼りに、ひとりで学習するしかなかった。
ミールについても、
どのクラスもたいてい途中から参加した。一から始めるということは、ほとんどなかった。
だが、別に悪くはない。足りない分は、自分で補えば済むこと。
そもそも人生は、誰もが途中から、この世に参加するのである。
途中から何かに参加するというとき、
とか、
とか、
などと、途中から始めることに対して劣等感のようなものを抱くことがある。
それで怖くなってしまい、結局なににも挑戦できないまま人生を浪費してしまう。
それってすごくもったいないよね?
いつ始めても、だれが始めても、みんな「この世に生まれた時点で途中参加」なのだから。
新しいビジネスをおこした人は「途中参加じゃない?」
いや、その人も生まれた瞬間から途中参加なのです。
でも「足りない分を補って」新しいことを始められたのです。
私はロシアが好きでロシア語も好きだけど、黒田先生と同じようにはできない。
ロシアに語学留学している人に比べたら何も及ばないし、ロシアに在住している人に比べたら得られる現地の情報などほとんどない。
でも好きなこと、やりたいことがあったら、その世界に飛び込んでみればいいのだ。
「足りない分は補えばいい」
『ロシア語だけの青春 ミールに通った日々』を読んで、
と思えた。
これからももっとやりたいことに挑戦しよう。
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